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希望とインスピレーションの物語(2008年1月) プリント メール
作者 Administrator   
2008/02/25 Monday 01:43:59 JST
ベストを尽くす
ランディーポッシュ博士、ペンシルバニア
 
Image2006年の夏も遅ろうとしているころ、いくつか気になる症状があらわれました。そして黄疸になりました。CTスキャンは、原因が膵癌であることをつきとめました。このとき、妻のJaiと私の間には4歳と2歳の子供と3カ月の赤ん坊がいました。


膵癌は5年生存率が4%という、最も致命的な癌です。 唯一の望みは、外科手術が可能である20%の患者グループに入ることですが、幸いなことに私の場合は手術可能なケースでした。2006年9月19日に、ホイップル手術という膵頭十二指腸切除術(PD)を受けました。
 
担当外科医のHerbert Zeh医師は、私の膵臓から4.5cmの腫瘍、さらに胆嚢、膵臓の1/3、胃の1/3、小腸を数十センチ切除しました。 この手術のために11日間入院していました。例えホイップル手術がうまくいったとしても統計的には患者の約15%しか5年生き続けることはできません。そして、外科手術の後、どのような化学療法、放射療法が効果的かに関するコンセンサスもありません。

私は「ヴァージニア・メイスン・プロトコール」 という術後の補助療法を見つけました。この補助療法の早期トライアルでは、5年生存率が(驚異的に高い)45%という結果だったと報告されています。 しかしながら、それは化学療法とともに毎日放射腺療法も受けるという非常に毒性の高い組み合わせによるものでした:。数人の患者がこの治療を受けた結果亡くなったことから、全国的な臨床試験は中止されていました。 それでも、その治療をいまだに提供している2つのセンターが見つかりました。ワシントン州シアトル市のヴァージニアメイスンメディカルセンター(https://www.virginiamason.org/home/)とテキサス州ヒューストン市のMDアンダーソンセンター(http://www.mdanderson.org/)です。私はヒューストンの臨床試験に受け入れてもらうことができました。

ヒューストン行きが決まったら、さあ大変です。この治療は、術後の6-8週間以内に始める必要がありました。 妻と私は、早急に3人の子供の世話と私自身へのサポートをアレンジしなければなりません。私は11月、12月とヒューストンのMDアンダーソンで治療を受けました。その内容は、1週間に一度シスプラチン静脈注射(IV Cisplatin)、1週間に3回インターフェロン注射、そして5-フロロウラシル(5-FU)の連続注入と毎日の放射線療法(RadiationTherapy)です。
 
私は妻と共にヒューストン市にいましたが、幸いなことに、ヴァージニア州ノーフォーク市にいる妻の兄弟と義理の姉妹が(彼らの8歳と12歳の子供に加えて)私たちの3人の子供の面倒をみてくれました。妻は、週末は子供と共に過ごすためにノーフォークに飛びました。そして、私の妹Rubyか私の友人の一人が代わりに、私についてくれるためにヒューストンを訪れてくれました。友人の Jessica Hodgins, Scott Sherman, とJack Sheriffに感謝です。
 
私はChris Hoffmanという同僚の存在に心身共に元気付けられました。Purdue大学コンピューターサイエンス(CS)の教授である彼は2年前に同じ治療を経験していました。彼の励ましと実用的ヒントは治療をやり終えるために大変貴重なものでした。 ヒューストンでの経験について、あまり多くを語らないほうがいいと思いますが、治療が終了するころには私はほとんど歩くこともできませんでした。私の182ポンド(82Kg)あった体重は、138ポンド(62Kg)まで減っていました。

ピッツバーグ市に戻って2007年5月までの4カ月、化学療法(5-FU連続注入)を受けました。今、私の体重は168ポンド(76Kg)なので正常でしょう。 (みんなの一番聞きたい質問に答えましょう。私の髪は決して抜けませんでした。) もう1つ受けた治療があります。それはジョン・ホプキンメディカルセンターにおけるワクチン療法です。この治療が私の生存率にそれほど影響を与えるとは思いませんが、無駄にはならないと考えています。

私には、ホイップル手術の副作用として消化不良の症状がまだあります。私は、1日あたりの食事を5回に分けて少量ずつ食べ、各食事ごとに錠剤を飲まなければなりません。そして、時々腹部痙攣に襲われます。生きて歩き回るためにはわずかな代償です。

2007年8月に、私たちは癌が再発したということを知りました。 肝臓と脾臓に転移していました。死刑宣告です。その時、医師からは健康な生活ができるのもあと3カ月から6カ月だろうという余命宣告を頂きました。

10月1日に、私たちは緩和的な化学療法の最初のラウンドが効いているので余命はおそらく「推定3カ月よりは6カ月」になるだろうということを学びました。

2007年12月現在、緩和的治療である化学療法(ジェムザール+タルセバgemcitabine+tarceva)は効いていて、医師の推定では後2 -4カ月は効き続けるだろうということです。それはベストな推定です(明らかに釣鐘曲線にもとづく推測です)。それから腫瘍はもう一度成長し始めるでしょ う。 問題はこの「プランA」が効かなくなったときのために用意される、良い「プランB」があまり多くないことです。

私の妻Jaiはこのすべての体験を通して、安定と勇気の素晴らしい源でした。「配られたカードを変えることは誰にもできないが、そのカードをどのようにプレイするかはあなたにできる」
という格言がありますが、 私たち二人はそのとおりだと思っています。

Randy Pausch, Dec 2007
 
 
REFERENCE:
Really Achieving Your Childhood Dreams(こどものころの夢を本当に成し遂げる)
  
 
 
 
最終更新日 ( 2008/10/28 Tuesday 19:15:10 JST )
 
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