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希望とインスピレーションの物語(2006年4月) プリント メール
作者 Administrator   
2007/11/26 Monday 00:22:15 JST

希望とインスピレーションの物語

ジーン・S、アラバマ州クロッペル

 

ジーンと夫のハロルド

私の話が他の方々の希望となることを願って筆を執ることにします。私の闘病中にはあまり希望が無かったものですから‥‥

 

私は看護婦を早くに辞め、家で専ら植木仕事に精を出していました。夫は心臓内科医をしており、我が家は散水用の水を取るのに使っていた美しい湖のほとりの4エーカーもの広さがある家だったのです。うちには300本以上もあるバラ園と、何百ものつつじ、椿、日本のカエデ、それから何千ものさまざまな草花がありました。ガーデニングは私たちが最も情熱を傾けていたものです。他にも湖にヨットを出したりワインを楽しんだりもしていましたが。

 

この病気のそもそもの始まりは、診断の18ヶ月前から始まった便通の変化でした。これを私はコーヒーのせいだと思っていました。やがて腹部の左側中央が痛くなりはじめたのです。今度は私はガーデニングで働きすぎたせいにしていました。その間に私は50歳になり大腸内視鏡検査を受けましたが、異常はありませんでした。なので痛みは続いていたのですが問題があるとは思わなかったのです。2004年春、私は自分が日中すぐに疲れてしまい体重が減ってきているのに気づきました。2004年6月9日、私は痛みにこれ以上耐えられなくなってしまいました。夫は腹部の超音波とCTの検査を予約しました。大当り! ありました、3.5cm×3.5cmの腫瘍が膵臓の体尾部にあり、胃の裏側に張り付いていました。私は外科医あての紹介状を書いてもらい、すぐ次の週に受診しました。何度か追加でCTを撮った後、外科医は「これは手術不能ですね。」と言いました。外科医のアドバイスは、痛みをとるための放射線治療でした。

 

外科医はつづけて、インターネットを調べてみること、それからPanCANのサイトを見てみるように言いました。他のサイトは見ないようにとも。彼は私をゼローダ®(カペシタビン)と放射線治療を行う試験に参加させ、7月から治療が始まりました。4週間後のCTでは腫瘍の縮小は認められませんでした。次に私はゼローダ®だけを9週間飲みました。11月のCTでは少しだけ縮小が認められました。この段階で、外科医はもっと積極的な抗がん剤治療を行うことにしました。彼はジェムザール®(ゲムシタビン)とエロキサチン®(オキザリプラチン)の治療を始めました。3月のCTPET検査では劇的な縮小が認められました。このCTでだいぶ私にも夫にも外科医にも希望が出てきたのです。次に私はジェムザール®とタキソテール®(ドセタキセル)、続けてタルセバ®(エルロチニブ)を使いました。7月のCTPET検査ではがんは無くなっていました! 手術ができることになったのです!

 

2005年8月11日、私は膵尾部切除術と脾臓摘出術を受けました。断端は陰性、リンパ節も陰性でがんの痕跡無しということになりました。

 

このがんにかかって一番良かったことは ー どんな時でも、たとえ医者から家に帰って人生の最後に何をしたいか考えてくださいと言われても、希望はあるのだということがわかったことでした。

 

私にとってこの病気と闘ったことは特別な体験でした。この病気は自分にどれほど多くの友人がいたか、そして友人たちがどれほど素晴らしい人々だったかを思い出させてくれました。放射線治療に行くのに全回車を出してくれた友人もいましたし、全部の病院受診にも、点滴治療のの全部の回に車を出してくれた友人もいました。たった一人で病院に行かなければならなかったことは一度もありませんでした。自分に決してあきらめないだけの勇気があったことを感謝しています。今の時代、常に治癒に向けての最新治療の開発が進められています。私は幸運でした。本当に恵まれていたと思います。

 

 
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