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希望とインスピレーションの物語(2004年10月) プリント メール
作者 Administrator   
2007/11/26 Monday 00:28:46 JST

希望とインスピレーションの物語

ジョー・H、ウィスコンシン州シダーバーグ

 

私の闘病は2002年1月6日に始まりました。妻に「吐いてばかりで止まらないんだ」と話したことがきっかけでした。前に同じような発作が起きたときは、病院に行って胃をしずめる薬をもらって水分を補給してもらっただけだったので、今回も数時間病院にいるぐらいのことだろうと思っていました。ところが、話はそれで終わりませんでした。

 

病院についたときには非常に具合が悪くなってしまっていたので、何人ものお医者さんが私の診察に集まってきました。何を調べているのか皆目見当がつきませんでしたが、後になってやっと妻に医者たちは腸閉塞を疑って調べているのだと教えてもらいました。そしてCTスキャンを受けているときに、すい臓に腫瘍があるのがわかったのです。

 

1月9日、私は手術を受けました。手術を受けるまではそれほど心配していませんでした。何となく、手術はどう転んでもうまくいくような気がしていたのです。後になって私はこの手術は心臓の手術よりもずっと大掛かりなものだと知りました。すい臓の8割と、脾臓を全部取ってしまうということでした。

 

手術の後、私はがんの合併症として「せんもう」状態になってしまいました。手術の翌日、私は妻に「見ろ、俺の腕が飛んでいったぞ!」と言ったそうです。妻は私の左手(飛んでいった方)をさわってそれが冷たくなっていること、右手は暖かく汗をかいていることに気付きました。妻はすぐに何かがおかしいと察知しました。すぐに医療関係者がわらわらと部屋に集まってきました。私は脳梗塞を起こしていたのです ー 正確には3カ所も。私は左半身完全麻痺になってしまいました。私の唯一の希望は、これ以上脳梗塞を起きないでくれというただそれだけでした。

 

手術の数日後に主治医が説明してくれたところでは、私のがんは「すい島細胞がん」というとても珍しい種類のものだということでした。がんは限局していましたがちょうどすい臓の壁を破って広がり始めるところでした、でもリンパ節にはまだ達していなかったそうです。

 

私の病気の話をすると皆が驚きます。私はまだ脳梗塞から回復の途中です。でも私は自分に言い聞かせています。「あとはいいことばっかりだ!」と。

 

この体験をして良かったことは、4人いる息子が一週間ずつ私のところに来てくれて共に過ごすことができたことです。もうひとつのすばらしいことは、妻と毎日、一日中一緒にいられたことです。私たちは治療に行き、仕事をして昼飯を食べ、毎日一緒にいました。

 

生活上の大きな変化は、毎日糖尿病のために注射をしなければいけなくなったという点です。幸いなことに24時間型のインスリンですんでいるのですが。朝と夜に糖尿病の薬ものんでいますが、長い目で見るとインスリンのお世話になることになりそうです。私の一日のハイライトはおやつの時間です。グラハムクラッカーと、砂糖不使用のフローズンヨーグルトを食べています。こんな単純なことをこれほど楽しみにできる自分がちょっと可笑しくなってしまいます。

 

私は幸運です! そうです、この病気にかかってからはいいことしか起こりませんでしたよ!

 

 

 
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