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希望とインスピレーションの物語(2001年9月) プリント メール
作者 Administrator   
2007/11/29 Thursday 13:47:53 JST

希望とインスピレーションの物語

確率の壁を破る ― すい臓がんと共存し、他の人々の生を助けながら

ランディ・スタイン(すい臓がん克服後4年半)

 


1997年1月22日に、私の住む世界は完全に崩壊した。私だけではない、私の家族の世界も同時にだった。医者が我々に向かってステージ4、脾臓と腎臓に転移した手術不能の膵臓がんですと宣告した時には、我々は彼の言葉が何を意味しているのか、何を言っているのか全く分からなかった。私に分かったのは、自分はどんな確率にも負けずに生きのびるのだという意志と、自分の人生が元に戻ることは決してないだろうということだけだった。私の波瀾万丈の物語はこうして幕を開けた。そしてがん患者コミュニティーが総出で助けてくれたお蔭で、私はまだこの世で確率の壁を破りつづけ、自分が得た知識を使って他の人が生きるのを助けている。誰ががんを克服して活動家となり、この病気に対して適切な対策がとられ効果的な診断法や治療法が研究され将来的に実用化されるよう全力を尽くして運動していくかは、我々自身の選択に委ねられているのだ。

 

ここに書いたことは私が実行したことだが、治癒のプロセスというのは各個人それぞれであり、どんな手段をとるにせよ自分が快く感じるやり方をとらねばならないということは私も心から信じている。妻と私は、精神と肉体は固く結びついていると考えている。ゴールを目指すならば、あなたは自分の医師団と自分が受ける治療に信頼を置かねばならないし、治療法を選ぶときには自主性を持ち、それぞれの選択肢の意味を理解し、自分の医師団に対して持った疑問はすべて答えが得られるまで質問しなければならない。その後で自分にとって最善の選択をするのだ。

 

教育

私は細胞培養感受性試験を受けた。これについてはサイエンティフィック・アメリカン誌の1999年2月号にくわしく書かれている。

 

イメージトレーニング

私は毎日2時間を費やし、セラピストについたりテープを使ったりしながらイメージトレーニングを行った。

 

化学療法

私の治療は、ジェムザールに他の抗がん剤を組み合わせたものだった。2001年7月時点で私は84回の治療を受けた。現在の計画では、私は月に1度化学療法を受けることになっている。

 

シャーマニズム

私は祈祷師のところにも通いはじめた。祈祷師は98歳のウイチョール族インディアンに教えを受けた人物だった。ウイチョール族はメキシコの秘境に住み、その特異な文化は数世紀にもわたって受け継がれている。ウイチョール族はコロンブス時代以前のホリスティック医学の儀式を現在でも行っている唯一の部族だ。祈祷師は魂の世界と直接つながっていると考えられている。祈祷師の教えを受け、私は祈りの方法、魂とつながる方法を学んでいった。もちろん霊や魂の世界とつながる方法は色々あるということは分かっているが。大切なことは、とにかくやってみること、そして自分自身の魂の世界とつながりをもつことだ。

 

ジュース製造

妻は毎日私に人参ジュースを作ってくれた。中にはあらゆる種類の野菜が入っている。

 

すべてのストレスを取り除く

私の考えでは、体がストレスと闘っているときには自分の体を治す方向にはエネルギーが向かないのではないかと思う。私は仕事を辞め、自分の体を治すことに全力を傾けた。私にとってはこれが最も優先すべきことであり、他の何ものも重要ではなかった。これは命をかけた闘いであり、良くなるということが他の何よりも重要なのだ。

 

祈り

私のために祈ってくれた人の数は、おそらく十万人を超えているに違いない。私の聞いたこともない宗派の人までが、私のために祈りの言葉を口にしてくれた。そのすべてがポジティブエネルギーとなって私の治癒過程をあらゆる面から助けてくれていた。

 

サポートグループ

我々は地元の病院付属のサポートグループに月に2度通った。ここで出会った人々は私のヒーローだ。自分たちと同じ問題を乗り越えてきた人々、あるいは現在乗り越えつつある人々と一同に会して話をするのはとてもいい経験になる。サポートグループは、慰めと平安を提供し、自分が一人ではないということを教えてくれるものだ。

 

幸運を祈る‥‥我々の祈りがあなたがた皆に届きますように。

 

パーティーに出かけるスタイン夫妻(ランディとジュディ)

 

 

 

 


希望とインスピレーションの物語

がんを こくふくした お母さん

ジョシュ・ヤズマン(9歳)の作文

 

ぼくの お母さんが テレビに でたのを みたことが ありますか。 お母さんは

みんなが しってる ほとんど ぜんぶの ニュースに でました。 

4チャンネルの NBC 7チャンネルの ABC CNN 9チャンネルの

ニュースの げんば チャンネル8 フォックス5に でました。 <font type="italic">(編集者注:これらはバージニア州の地方局です。)</font>

 

がんに かかるまえの お母さんの まい日は、 あさ はやく おきる

ぼくを ようちえんに つれていく、 みちをわたって アメリカンだいがくの

ほうがくぶに いく、 いえに かえる、 だいがくの しゅくだいを する、 

また くりかえし でした。 

 

ぼくたちは 一ねんに 一ど アーカンソーしゅうに いきます。 

お母さんは がんに なって しまったので うんてんすることも

できません。 お母さんは まいしゅう 一かい フェアファックス

ほうしゃせん センターに いきます。 ぼくは フェアファックス

ほうしゃせん センターの しょうねんやきゅうだんに にゅうだんしているので、 

ぼくが まえよりずっと やきゅうが じょうずになったから きっと

いいことが あると おもいます。 お母さんは CTの けんさと

それから ほかの けんさの ために ジョージタウンにも いきます。

 

ぼくは お母さんは あたまがいいと おもいます。 お母さんは

ラクロスの とくてんも やきゅうの とくてんも みんな おぼえられます。

それから お母さんは おもしろいです。 一日 じゅうにじかん ふつかかんも

おもしろい はなしを してくれます。 お母さんは 4ねんより ちょっとながく

とても ゆうきが あります。 お母さんは 一日に 二かい ちゅうしゃを

されても だいじょうぶです。 それから お母さんは おもしろいです。 

お母さんは ぼくのために なんでも してくれます。 ぼくは えいがや

やきゅうの しあいに つれていって もらいました。

 

ぼくの お母さんは ゆうめいじんに なったことが あります。 お母さんは

こっかいぎじどーで 6つの テレビきょくの カメラの まえで

はなしを しました。 そのあと お母さんは かいんぎいんの 

トム デイビスさんと おななし しました。 ぼくは デイビスさんの いすに 

すわりました。 それから ぼくたちは じょういんぎいんの パット ロバーツさんと

はなしました。 ぼくは ロバーツさんと あくしゅ しました。 それから  

ぼくたちは じょういんぎいんの ジョージ アランさんと はなしました。

アランさんは サインいり しきしを くれました。

 

これで ぼくの はなしの だいめいが どうして 

がんを こくふくした お母さん なのか わかったでしょう。 

ぜったい わかったと おもいます。

 

ジョシュの母、メリッサ・ヤズマンは、PanCANの創立当初から患者の代弁者として積極的に活躍していました。メリッサは1997年に末期のすい臓がんと診断されましたが、その確固たる信念と決して病気に負けないという姿勢は周りの人々に大きな影響を与えました。残念ながら、メリッサは2001年8月4日にこの病気のためにこの世を去ったことをお知らせしなければなりません。ジョシュと弟のベンは、すい臓がんと闘っていくためにPanCANでの活動をこれからも続けようと考えています。

 

ジョシュと母のメリッサ

 

 
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