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| 希望とインスピレーションの物語(2003年7月) |
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| 2007/11/29 Thursday 13:54:53 JST | |
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希望とインスピレーションの物語 スタン・H・ターナー、メイン州
2003年5月20日は、私がすい臓癌と診断されてから7周年にあたります。そして5月7日は、最後に化学療法をした日から3年の記念日なのです。
1996年5月、私は44歳でした。2歳の娘と8歳の息子に囲まれて、素晴らしい暮らしを送っていました。家のローンは第一回を払い始めるところで、人生はしごく順調でした。その前年に私は胆のうの摘出手術を受けていたのですが、同じような違和感をまた感じはじめたのです。数週間待って病院に電話をかけました。担当医は私を診察に来させると腹部を触診して、なにかが触れるというのです。私は超音波検査を受けることになりました。当時妻はその総合病院のCT装置の技術主任として働いていました。超音波検査室の人たちとは友人でしたし、検査中も冗談を言い合っていたのですが、突然、彼らは冗談を返さなくなりました。放射線科医が呼ばれ、彼は超音波の画面を見るや否や私を廊下の反対側の内視鏡室へ送りました。気持ちのいい体験ではありませんでした。すい管を拡げようと検査医が四苦八苦しているところで目が覚めてしまったからです。私は病院に一泊することになり、翌日、生検が行われました。そして前の日に疑われた診断が確定したのでした。妻は信じられないぐらい素晴らしい人間です。彼女は何が起こっているかずっと分かっていたにもかかわらず、それを私には一言も漏らしませんでした。まったく、なんてすごい女性なんでしょう。
数日後、私たちは担当医と話をしました。彼はマサチューセッツ州バーリントンの病院に行くよう手配してくれました。CTの画像を見てウィップル手術ができるだろうと判断したのです。手術の日程が決まりました。しかしいざ手術してみると、ウィップル手術は不可能でした。あまりにも多くの血管が巻き込まれていたからです。代わりに外科医はバイパス手術を行いました。これは、放射線治療を受けても具合があまり悪くならずにすむように、また、よりたくさん放射線をかけられるようにするためのものでした。
回復室で目が覚めると、一人の外科医がベッドの傍らで言いました。「スタンさん、わたしの手を握ってください。」私は「先生がおきれいな方なのは分かってますよ、でも、どうして先生の手を握らなきゃいけないんです? 私はもう結婚してるんですよ。」彼女は答えました。「スタンさんには小さいお子さんが2人いますね。家に帰ったら3ヶ月、お子さんと一緒に過ごすんです。わたしたちはあなたの癌を切除できませんでした。」このとき初めて、わたしは自分の置かれた重大な状況に気づいたのです。
彼女の答えがすごく気に入ったわけではなかったので、私は自分に言い聞かせました。「まだ抗癌剤だって放射線だってある。今までだってそれで癌が治った人がいるじゃないか。」このときはまだ、癌にも、そしてその治療法にも驚くほどたくさんの種類があるということは知りませんでした。この年になってもまだ勉強することがこんなにあるとは!
妻は、私を化学療法と放射線療法に送り出してくれました。数週間の化学療法の後、CTをもう一度撮影しました。良いニュースは、癌が大きくなっていないということでした。そして悪いニュースは、期待したほどには癌が小さくならなかったということでした。
この頃、新しい抗がん剤「ジェムザール」がちょうど販売を開始したところでした。私の担当の腫瘍内科医はまだ一度もジェムザールを使ったことがなかったのですが、私の場合、彼女の言葉を借りるならば「失うものはなにもないでしょう?」という状態でした。私が腫瘍内科医に「先生はジェムザールを入手するのが間に合わないんじゃないですか」と言ったので、彼女は早速その薬を注文して治療を始めてくれました。
最初の1年が過ぎたところで、腫瘍内科医は外科医を説得してもう一度私がウィップル手術を受けられるように手配してくれました。そこでもう一度手術に臨んだのですが、結果は同じ、癌は摘出できませんでした。
私はそれから、4年間治療を行いました。正確に覚えているかどうか分からないのですが、おそらく150回点滴に通ったと思います。ここまでの間には色々なことがありました。腎結石、赤血球数、それから誰にでもある高齢化。いちばん最近の障害物はメラノーマでしたが、これは手術で取りきれたそうです。「メラノーマについては心配いらないよ」とのことでした。
今では、半年に1回CTを撮影しています。私としてはもっと頻繁にCT検査を受けたいのですが、腫瘍内科医にはそのつもりはないようです。抗癌剤も止めたくなかったのですが、彼女に「スタンさんのへその緒を切りましょうね」と言われてしまいました。
これで私の話はおしまいです。この話が他の人にも希望を与えるかもしれないと思っています。まだ私のすい臓には影が1つ残っていますし、将来のことは予測できないので、私としては希望を持って祈るしかありません。私にはわかりません。私に効いたものが他の人にも効いてくれることを願っています。何が私に効いたのかお話できればよいのですが、私にはわからないのです。先生たちにもわかりませんでした。先生たちの言葉によれば、「奇跡が起きることを信じなさい」とのことでした。なぜなら、先生たちは奇跡が起きるところを実際に見てきているからです。こうした勝利が、先生たちが働くためのエネルギーになるそうです。
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