我が国のがん研究について

 
<わが国のがん研究>
  日本のがん患者は、欧米のがん研究に依存していることを知りません。日本では世界に先駆けて1981年にがんは死亡原因の第一位となりました。その対策と して、1984年から1993年までの10年間にわたり、旧文部省、旧厚生省、旧科学技術庁の3省庁の共同事業として「対がん10ヵ年総合戦略」が推進さ れました。1980年代 はヒトがん細胞の遺伝子異常がつぎつぎに発見され、革新的な薬剤の開発が期待されましたが、実現には至りませんでした。
  1994年度から引き続いて3省庁の共同事業として「がん克服新10カ年戦略」が継続されました。「がんの本態解明からがん克服へ」という目標達成に 向けて研究が進められました。続いて、2004年から,新たな「第3次対がん10ヵ年戦略」が開始されましたが、この第3次戦略のキャッチフレーズは 「がんの罹患率と死亡率の激減を目指して」です。世界に発信された論文には、分子標的薬の標的となった VEGF、HER2、ALKなどが含まれますが、 米国Genentec、Pfizerなどによって製品化されました。
 国税を使って30年間続けられてきたがん研究が、がん患者のために、「がん研究は命を救う」、と いう、明確なメッセージを打ち出すこともなく、また、受益者である患者不在のなかで進められてきたことも、「学者の遊び」と批判される結果に繫がった、ひとつの原因ではないでしょうか。米国のがん患者団体は、がん撲滅のためにがん研究者を積極的に応援し、私的助成金を募り、研究プロジェクトを助成しています。患者会の代表は、米国立がん研究所(NCI)の研究成果を評価するProgress Review Groups の一員として必ず参加していますし、また助成対象の研究を選択・評価する委員会にも必ず参加しています。このような状況を鑑みますと、 我が国のがん研究は、患者目線を積極的に取り入れて、がん研究は最終的なユーザーである患者と協業して進めるという姿勢を明確にし、よりPatient Oriented な研究を促進していく必要があると感じます。
 日本におけるがんの基礎研究および臨床研究は、国際的にみ ても目覚ましい進歩を遂げてきましたが、いままでは国内でTRから製品化までの体制が脆弱なため、国産の医薬品開発に結びつかなかったと言われています。日本のがん研究が、国産医薬品、医療機器、早期診断ツールの開発へとつながり、多くの日本のがん患者がその恩恵に預かりることができますよう、また、がん患者・家族・患者会ががん研究コミュニティの一員として、がん研究者と一緒になって、力をあわせ、がん撲滅にむけて、WinWInの関係を築きながら、我が国のがん研究を進められることを願っております。
 
眞島喜幸  2011.8.8
 
 
 
 
 

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