片木美穂×関口康 対談
            『ロハス・メディカル』09年12月号より
 

 欧米に比べて新薬を使えるようになるのが遅いという『ドラッグ・ラグ』。患者としてこの問題の解消を訴え続けてきた片木美穂・スマイリー代表と、業界団体として解消に向けた取り組みを始めている関口康・米国研究製薬工業協会(ファルマ)在日執行委員長の2人が、今何をすべきなのか対談しました。

関口 今、平均的なドラッグ・ラグは4年と言われています。この4年を分解すると、企業の日本での治験開始が2年遅くて、治験に要する時間が長いので1年遅れて、審査でもう1年遅れます。国も審査を早めたり、治験環境を改善しようと頑張ってくれていますが、それだけでは十分ではありません。企業の治験開始が遅れるのには理由があって、一つは新薬の薬価が安いことです。私たちファルマで日米欧の主要12社に調査したところ、十分な薬価が期待できないために日本での開発を見送った製品が10年間に23品目もありました。検討すらしなかったもまで含めると、もっと数は多いはずです。

片木 インターネットのない時代なら海外と差があっても患者たちは気づかなかったと思いますが、今は海外にいい薬があることを皆が知っていて悔しがっていま。ただ、なぜラグができるのかという理由に関しては、私自身、何でなのと色々な人に尋ね回って、ようやく事情を理解できたところです。多くの患者は全然気づいてないでしょう。この問題になぜ目を向けないのか、と歯がゆくて仕方ないんですけど。

関口 新薬候補のうち薬になれるのは2万分の1ぐらいで、1つの薬ができるまで1千億円以上かかります。製薬会社がそれだけリスクの高い投資を行うには、開発に成功した際にはそれに見合う利益が上がり、きちんと投資回収が行える必要があります。ところが日本では難しい。

片木 製薬会社は儲けすぎているという勘違いが、患者の中にも多いです。先日、つくばへ講演に行きましたら、外資系製薬企業の研究所が軒並み撤退しちゃってて、危ないなあと思いました。いくら国が審査員を増員したって、企業が開発しなければ審査できませんからね。

関口 外資から日本がどう見えているかというと、治験が進みにくい土壌なので時間とお金がかかって、そのうえ審査も厳しい。それだけ苦労して承認を取っても、期待通りの薬価がつかないうえに年々下がる、そういう所です。昨今、世界的に経営環境がどんどん厳しくなる中で、製薬企業は限られた資金をどの市場に投資すべきか優先順位づけを迫られており、多くの外資系企業の目は、日本ではなく中国などより成長の大きな市場を向いています。

片木 婦人科領域でも、アジアの共同治験のトップが、日本人ではなく、韓国人になっていると聞きます。国際標準の薬で承認されていないものが多すぎて、共同治験にすら入れてもらえないんだと先生方が悔しがってました。ドラッグ・ラグの問題で、企業や医療者を責めるのは間違っていると痛感しています。

関口 製薬会社が上げた利益は新薬開発にこそ使われるべきですし、また事実そうなのですが、誤解を受けているように思います。こうした再投資の構造を国民に見えるようにして誤解を解きたいという思いもあって、私たちは業界をあげて薬価維持特例(*参照)という制度を提案しています。画期的新薬の価格を下げない代わりに特許が切れたら一気に下げる。この制度があれば、薬価が安すぎるから治験開始を遅らせるということはなくなります。一方で、よい新薬を生み出し続けられない会社は厳しい状況に追い込まれることになるでしょう。

片木 自ら厳しい所に追い込む提案で、業界内での反発もさぞや激しいだろうと思います。大英断ですね。ところでウチのメンバーが、この制度を導入すると治療費も高くなるんじゃないかと心配していました。高額療養費制度で戻ってくるにしても、それまでの間が持たなくなるかも、と。

関口 この制度は、薬の値段を上げるものではないんですよ。一定期間は値下げをしなくするというの話で、しかも対象となるのは、元々値下げ幅の小さい革新的な新薬だけです。ですから、例えば自己負担が1錠千円とか二千円の高価な薬の場合でも、従来なら2年に一度行われていた数十円ぐらいの値下げが行われなくなるといった程度です。そして、そうしたご負担で画期的な新薬へのドラッグ・ラグが改善されるんだという関係をご理解いただけると幸いです。

片木 その程度と分かれば安心して賛成すると思います。ドラッグ・ラグ解消を訴えてきて、明日はわが身かもしれないのに、多くの国民が無関心すぎると憤りを覚えています。そして国民を巻き込めていないのは患者にも責任があると思います。医薬品行政が世界から取り残され鎖国になっている現実をまず患者が直視して、状況を変えるため声を上げていけたらと思います。


(略歴)
かたぎ・みほ●1973年、大阪府生まれ。94年、金蘭短期大学国文科卒業、トランスコスモス入社。99年、結婚退社。01年に男児を出産。04年、30歳の時に卵巣がんを発症。06年、卵巣がん体験者の会『スマイリー』代表。

せきぐち・こう●1948年、東京都生まれ。73年、東京大学工学部卒業、三菱商事入社。ボストン・コンサルティング・グループ、ジョンソン・エンド・ジョ
ンソンメディカルを経て、98年、ヤンセン協和(現・ヤンセンファーマ)社長。09年、会長。

*薬価維持特例
 診療報酬の額を定める厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)で現在導入が議論されている新たな薬価決定の仕組み。「革新的な新薬の薬価を後発品発売までの間は引き下げずに維持し、その後の後発品の発売に合わせてそれまで維持した分の薬価を一括して引き下げる」もの。「後発品使用促進」と対になる施策。

 

(この原稿は、『ロハス・メディカル』09年12月号のP18~19に掲載されたものです)
 

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