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サバイバーストーリー:林 正男

2017年2月1日  林正男(入院時 56 歳) (膵腺癌患者歴5年)

 

hayashi photo  

 

                                                               

 

 

 【すい臓がん発症の経緯】
 2012 年の 4 月に近くの大学病院で、膵臓がんの宣告を受けました。当時は外資系企業の営業部門で朝早くから夜の遅い時間迄、仕事に追われており胃の不快感、背部痛を感じてはいまし たが仕事のストレスが 原因ではと思っていました。所が会社での食事会で 飲食の際非常に強い背部痛を感じ食事が取れない状態になりました。近くの大学病院を受診し血液検査 とエコー検査を実施した所、膵臓に比較的大きな腫瘍が見つかり血液検査でも腫瘍マーカーの CEA が 100 近く、CA19-9 は 6,000 を超えていました。生体検査でも膵臓癌が確定し、癌のステージはレベルⅣ a、 門脈と腹腔動脈に浸潤が認められ手術は対応不可、残る治療法は抗がん剤と通常の放射線のみ、こう言う状況に陥ったからこそ家族の事で今後やらなければいけない事があると思い、標準治療を行った場合の余命を医師に尋ねると、半年か 1 年と言う返事でした。

 

 当然、絶望感を味わったわけですがその当時の私を支配していた感情は強い怒りでした。人に何の断りもなく絶望の淵に突き落とす膵臓癌に対して、自分の病状が今後どう変化するにしても まず、一撃を与えないことには気が済まないと言う 強い思いがありました。仕事で困難な状況を克服するためにあらゆる手段を探して、実施することをプランニングする習性がついていましたので癌との闘いも同じように考えていました。

 

【重粒子線治療を治療の基本にしたいと考えた理由】
 本、インターネット、癌関連のNPO サイト、患者のブログ等で有益な情報はないかと探していて、たどり着いたのが重粒子線治療でした。 重粒子線治療が自分に有効ではと考えた理由としては


・膵臓癌が、すい臓内に留まり転移がなく治療が可能であった。
・膵臓癌に対して強力な治療効果が期待できる。(粒子線としての粒子の大きさ)
・重粒子線治療の特徴であるブラッグピーク効果により体の深い所にある膵臓癌に適している。


この 3 点でした。

 

【1 回目の重粒子線治療】
 重粒子線治療を選択し、主治医の山田先生と出会えたことは、本当に幸運な事だと考えています。納得がいくまで懇切丁寧な説明をして頂き、真摯に治療を施して頂いた事に対しては、過言ではなく命の恩人だと思っております。
・私の膵臓癌の状況は膵体部の腺癌、縦 7 ㎝横 4 ㎝の 比較的大きな腫瘍、
・初回の治療は 2012年6月 29日 から7月 19日 に総線量 50.4GyE 12 回の照射
 治療自体は辛いことは何もなく少し以外な感じがしました。少し大変だったのは、位置合わせ及び照 射で 30 分位じっとしていることでした。時間が早く過ぎるように昔行ったきれいな景色を思い浮かべ時間が過ぎるのを待ちました。重粒子線治療後、当初は CEA 100   CA19-9 6000 近くあった腫瘍マーカーも 2012 年 10 月には CEA 4.3 CA19-9 243 と劇的に下がり正常値ではありませんが、点滴の抗がん剤ジェムザールを続けて経過を観察しておりました。2013年7 月位からすい臓がんがジェムザールに対して耐性を獲得したのか、CEA 19.2  CA19-9 260 と徐々に腫瘍マーカーが上がり始め PET-CT でも膵頭部に約 3㎝の腫瘍が 2 個見つかりました。

 

【2 回目の重粒子線治療】
・21011月3  13 日 か ら 12 月 4 日    55.2GyE    12 回 照射
 2 回目の重粒子線治療でしたが、癌の大きさを見ると初回よりも小さくなっており、私にとって戦う相手は徐々に小さくなっていると言う印象を覚えました。 2014 年 5 月 に は CEA   3.6   CA19-9   18と正常値の範囲に入り PET-CT でも腫瘍の集積は認められ なくなりました。腫瘍マーカーが正常値に入った安心感とジェムザールから変更した抗がん剤 TS1 により角膜障害を起こしていましたので抗がん剤 TS1 を 中断し、経過を観察することにしました。結果的には私のこの判断が誤りだったことになります。

 

【3 回目の重粒子線治療】
・2014 年 11  月頃から少しずつ腫瘍マーカーが上がり始め、PET-CT の結果膵体部の神経叢に 5 ミリから 10 ミリの膵臓癌が見つかりました。2 回目の再発でした が、戦う相手すい臓がんは更に小さくなっており重 粒子線治療で又叩くと言う思いでいました。
・2014年 12月 17日から 2015年1月7日 52.8GyE 12 回照射2 回の再発があったわけですが、意外に余り動揺 しなかったように記憶しています。重粒子線治療と 言う治療法が私の心の支えになっていたのは事実で す。3 回目の重粒子線治療後、1 年半が経過していま すが腫瘍マーカーは正常値を継続し、3ヶ月に 1 度の CT でも腫瘍の拡大、転移はありません。抗がん剤 TS1 は標準より少し少なくして継続しています。

 

【現在の状況】
 4年半前に、すい臓がんを発症し、仕事一辺倒の生活から自分の命と、自分の今後の事を考える時間と向 き合うようになってから心掛けていることは、1)癌とは 徹底的に戦う、2)今まで忙しくて出来なかった事を行い 日々の生活を楽しむ、3)私の経験を客観的にお話しすることで同じ境遇にある方の治療の選択肢を少しでも広げる。
この 3 点を軸に、今後実施していく事を考えていました。
情報収集の目的で、膵臓癌の NPO 団体の講演、患者サロンに参加したり膵臓癌のブログを開設している方 とお会いしてお話しを伺ったりしている中で感じたことは、重粒子線治療の理解と認識がまだ少ないと言うことでした。


 自分が膵臓癌で大変な思いをし、重粒子線治療で希望を見出した事を踏まえ、大変な状況下で大切な事は 絶望感の中でも、少しでも希望を見出すことができれば人間は、困難な状況に立ち向かっていけると言う思 いを強く感じました。
膵臓癌の NPO 団体の日本支部では、私の重粒子線治療の経験を、患者サロンで話させて頂き非常に効果的な治療法だと言うことをサバイバーの方に認識して頂きました。

 

 癌を宣告された時の絶望感は経験した人にしか分からない。進行の進んだ癌と宣告された時の 絶望感は尚更です。膵臓癌の場合、発覚した時点で、6 割から 7 割の方が手術出来ない状態で見つかり延命の治療法しか残されていないのが現状です。抗がん剤の種類も少なく手術ができたとしても 5 年生存率は 5% と言われています。治療法は患者本人が決断するものですが、私の事例を客観的にお話しすることで、手術ができない状況でも、まだ治療ができる可能性があることを認識して頂き、大変な状況の中でも、希望を見 出していって頂きたいと思っています。

 

 そう言った意味で、週刊誌等の取材も積極的に受けるようにしています。現在は、家内にバランスの良い食事を作って貰い、食後にランニングマシーンを使い体力の維持に努めています。癌との戦いにおいて心の安定は大切な要素なので、音楽、読書、洋画鑑賞、美術館での絵画の鑑賞、tiライブ等、自分の好きな事で免疫力が上がるようにしています。癌との闘いは、国と国との闘い に似ている、より多くの兵力=免疫力、より多くの 武器=治療法を持っている方が闘いを有利に展開できると言われています。今後も WEB で新しい情報を取得しながら、日々楽しい趣味を続けて行きたいと思っています。

 

(編集後記:林さんの重粒子線治療を行った主治医の 山田 滋先生には、昨年パンキャンジャパンが開催した最先端医療セミナーにご登壇いただきました。今年の医療セミナーでも重粒子線治療は取り上げる予定にしています。)☞ 重粒子線については「切らずに治す粒子線治療」を参照ください。

 

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