Surivor Story Yolanda Jackson

2018年2月19日

 

約束を守ったお陰で早期診断

 

2018年6月に私は膵臓がんの10年サバイバーになります。なぜなら、私は医者との約束を守ったからです。

2008年5月、私は海外旅行を計画していました。当時、私は数年前から治療を受けていた潰瘍の症状を抱えていました。私は旅行にでている間に病気になりたくないので、私は旅行にでる前に消化器内科医に会いました。私の検査結果はすべて良好とでてきましたが、私は腸の問題の病歴があったので、私は旅行から戻ったときにCT検査を受けることを先生に約束しました。私が旅行から戻って3ヶ月後、家のことは最終的に落ち着いてきました。私は医者と約束したことを思い出し、CT検査を予定しました。それが私の膵臓尾部に腫瘍が発見されるきっかけとなりました。医者との約束を守ることで、命が救われましたのです!

 

術後の化学放射線療法カクテル

 

腫瘍は切除可能であったため、2008年6月にニューヨーク大学病院のエリオットニューマン博士による膵切除術を受けました。私の膵臓の3分の2と多くのリンパ節が切除されました。私の腫瘍内科医であるデイドラ・コーヘン博士は、7月に手術から回復した後、化学療法と放射線療法の併用を勧めました。私は8週間のジェムザールで術後の治療を開始しました。 2週間の休憩の後、今度は、6週間の放射線療法と5-FUによる化学療法を受け、さらに6週間のジェムザールへと治療が続きました。その間、私は貧血になったので、化学療法と放射線療法の間に休憩を取らなければなりませんでした。

 

私は非常に重い副作用を経験しました。私は髪の毛を失っただけでなく、指とつま先の爪を失い、手と足の皮膚も剥がれました。私は吐き気、口の中に金属の味、さらに疲労感を感じました。それだけで、私は23キロ近くも体重が落としました!それにもかかわらず、私は副作用をかなりうまく受け入れていると感じています。しかし、私は非常に特別な機会を失いました!

 

私が化学療法と放射線療法を一緒にしている間、メジャーなブラックタイイベントの計画途中でした。私は、2日間のイベントのために、ニューヨークに100人以上のエリート、オリンピック、世界クラスのチャンピオンの女性アスリートを招聘する責任がありました。私はそのビッグイベント、フォーマルな晩餐会における授賞式をうまく運営できましたが、悪心がひどく、また足が痛むので、イベントが終わり、ホテルの部屋にたどり着くのがやっとでした。私がホテルの部屋につくと同時にテニスチャンピオンのマルティナ・ナブラチロワから電話が入り、彼女と一緒にアフターパーティーに参加しないか聞いてきました。私は残念でしたが彼女の誘いを断らなければなりませんでした! 私はマルティナからの招待を断らなければならないほど、本当にひどい体調でした!

 

私の新しいノーマルな生活

 

私は2009年1月に最後の化学療法を受けて以来、寛解状態にあります。私は毎年MRIとCTスキャンを受けて、まだ寛解していることを確認しています。この治療は、私が「新しい正常」と呼ぶ結果をもたらしました。午前中にくる悪心のような永続的な副作用が残りました。放射線療法の結果、骨が弱くなり、背中の椎骨の4か所での骨折も体験しました。背骨を安定させるために脊柱形成術を受けました。そして私は残りの人生、食事とともに膵酵素を摂取しなければなりません。私の生活の質は前とは異なり、やや壊れやすいものになりました。しかし、化学療法と放射線の組み合わせが成功したので、私は今日生きています。

 

約束を守ったことはさらに幸運でした。それは私の命を救いましたから!

 

 

(Source:Survivor Story-Let's Win Lustgarten Foundation)

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<免責事項>この医療記事は、サバイバーの経験を紹介する目的で書かれています。特定の治療法や薬の使用を推奨するものではありません。ご自身の病状については、担当医とよく話し合ってください。このウェブサイトの情報を利用して生じた結果についてPanCANJapanは一切責任を負うことができませんのでご了承ください。

 

 

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