Survivor Story Steve Merlin 2 small

サバイバーストーリー:スティーブ・マーリン(Stage4) 
たくさん生きるために(ゲノム検査がPARP阻害剤に導いてくれる)

2019年2月22日

スティーブ・マーリン氏は、2012年にIV期の膵臓がんと診断されました。膵臓がんの診断に対する最初の反応は驚きでした。彼はそのショックを受け入れるとともに、「何のために生き続けなければならないのか」と自問しました。理由はたくさんありました。

VIDEOは下記をクリック(英語版)
https://youtu.be/Jo8qy0rpV-Q

 

がんの遺伝子変異BRCAにマッチした臨床試験PARP-1に参加して

著者 スティーブ・マーリン

2017年5月4日

・膵頭十二指腸切除術
・従来のジェムザールによる術後補助療法をするも癌が再発
・フォルフィリノックス(FOLFIRINOX)による抗がん剤治療で癌が縮小
・PARP阻害剤の臨床試験で癌が止まる

 

55歳の2012年6月中旬に、私は膵臓癌と診断されました。私の主治医であるダニエルゴールディン博士を訪問する前に私が経験した症状は微小でした。私はその年の4月の最後の週に少し疲れがあるのに気が付きました。ジャージーショアの自宅からマンハッタンの仕事場までの通勤時間が非常に長いので、週末にもっと休む必要があると思いました。

5月中旬になると、尿が暗くなってきているのに気づきました。米国の戦没将兵追悼記念日(メモリアルデー)の週末には、食事をするときに胃炎を経験していました。その週末はターニングポイントでした。それは完璧なビーチの天候でしたが、私はビーチに行きたいという気がしなかったので、何かがおかしいと感じていました。

火曜日の朝にマンハッタンに着いたとき、私は研究室で仕事に行く前に私の主治医ゴルディン博士に診てもらうことにしました。運が良かったのか、主治医はアポの合間に私を押し込んで診てくれました。私は自分の症状を説明し、主治医は私のバイタルをチェックして、通常の尿検査をしてくれました。すべて正常範囲内でしたので、主治医は、症状が解決するかどうかを確認するために金曜日まで様子をみて、また戻るように勧めてくれました。私は金曜日に戻りましたが、それほど状態は悪くはなく、気分も悪化することはありませんでした。血液検査を受け、その結果を聞くために月曜日にまた戻る予定でした。しかし、金曜日の夜帰宅したとき、私は白目が黄色く見えていることに気づきました。私の前腕の下側を見てみると、皮膚も同様に黄ばんだ外観をしていたことに気づきました。

月曜日の朝、私は主治医ゴルディン博士のところに戻りました。先生はすぐに胆石や他の胆管の閉塞を調べるために超音波検査の予約をいれてくれました。超音波検査自体は陰性でしたが、彼はブライアン・ターナー博士と呼ばれるウェイルコーネルメディカルセンター(Weill Cornell Medical Center)の肝胆膵外科の医師と連絡をとり、すぐに予約を入れてくれました。

やっと診断にたどり着く

外科医は閉塞の原因を探すために内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)を行いました。同部門の外科責任者であるダニエル・チェルキー博士は、胆管を拡張するためにステントを挿入し、それによって胆汁がうまく排出され、腸に流入できるようにしてくれました。ステント留置術の後、彼は胆管閉塞が膵臓にある腫瘍の塊によるものであることを説明してくれました。良いニュースは、私は外科手術が可能だったことです。チェルキー博士は、この種の腫瘍は攻撃的であるために直ちに手術をしたほうがよいと言いました。私は、翌週の月曜日の朝に手術をすることに同意しました。私は一人で暮らしているので、個人的なことを整理し、家族や友人による手術後のサポートを手配するための時間が必要でした。

私はIIb期の膵臓がんと診断されたことを家族に穏やかに知らせました。私の最初の考えは、私の家族や友人は私が彼らに伝えようとしていることを信じないということでした。彼らは私が10代の頃から健康的な食事をしていることを知っていて、スピードと持久力を保つために頻繁に自転車で80キロ(50マイル)を走っていました。私の家族の母親側には乳がんや結腸がんの例がありました。このため、私の母は穏やかで合理的な方法で運動し、健康に食事をし、そして逆境に対処することによって家族に良い例を示してきました。私は自分の状況を評価し、治療と回復のための計画を立てました。私は自分の診断の深刻さを十分に認識しており、長期的なサバイバーになることに決心し、そこに焦点を当てました。

膵頭十二指腸切除術とその後の化学療法

手術は6月18日月曜日に行われ、9.5時間以上かかりました。私は回復の間、私は腫瘍が肝動脈と静脈にも浸潤しているという予期せぬ発見を知りました。この予期せぬ事態の複雑さのために、この手術は通常よりもさらに4時間かかることになりました。術後 2ヵ月の回復期間の後、私はゲムシタビンによる従来の術後の化学療法を始めました。その有効性を評価するために、12回の投与後にCTスキャンを実施しました。結果は励みにはなりませんでした。全部で6つの小さな腫瘍が見つかりました - 肝臓の4つの葉のうち3つにそれぞれ2つの腫瘍がありました。これが私の膵臓がんがIV期に再分類されることにつながりました。

私の腫瘍医であるマニッシュシャー博士は、すぐに私をゲムシタビンからより強力な抗がん剤カクテルのフォルフィリノックスに切り替えました。新しいレジメンの12サイクル後、CTスキャンは腫瘍の著しい縮小を明らかにしました。

ゲノム検査がPARP阻害剤の臨床試験へ導く

私の家族には乳がんや大腸がんの体験者がいるために、私は家族に癌について、より徹底的な調査をし、がんを体験した親戚のうちの3人がBRCA遺伝子変異に対して陽性であることを知りました。そこで私自身もBRCA検査を受けたところ、BRCA-2遺伝子変異が陽性であることがわかりました。 BRCA陽性の患者はプラチナベースの化学療法に対して非常に良い反応を示すことが研究により示されています。それから私は遺伝学者のスティーブン・リプキン博士と会いました。そして、彼は私にBRCA遺伝子変異陽性患者に有望な新しいクラスの医薬品、PARP阻害剤について説明してくれました。

BRCA遺伝子変異陽性患者対象の臨床試験

そこでインターネットでPARP-1阻害剤の臨床試験を探したところ、数日前の科学シンポジウムで発表された記事を見つけました。米国パンキャン本部 (Pancreatic Cancer Action Network)は、そのBRCA臨床試験の主任研究員であるペンシルバニア大学病院バザーセンター・エグゼクティブディレクター、スーザンドムチェック博士の連絡先情報を提供してくれました。私はBRCA臨床試験の参加基準を満たしていることがわかり、その臨床試験に合格しました。私が行っていた伝統的な抗がん剤のカクテル(併用療法)の治療サイクルが終わった数週間後に、今度は臨床試験に入ってPARP-1阻害薬の服用を始めました。私はPARP-1阻害剤に対して肯定的な反応を示し、そして今日まで薬を服用し続けています。

私は今、術後5年を迎えようとしています。画像診断では腫瘍はかなり縮小しました。症状や新たな癌の徴候もなく、状態は安定しています。私の従来の化学療法の間に、医学生を指導するために体験談をお話することにも関わりました。さらに癌患者にも自分の体験を話しています。私は自分の健康を増進し、それに集中し続けること、そして他の患者に希望を与えるために何ができるか考えています。

 

(Source:Survivor Story-Let's Win Lustgarten Foundation)

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<免責事項>この医療記事は、サバイバーの経験を紹介する目的で書かれています。特定の治療法や薬の使用を推奨するものではありません。ご自身の病状については、担当医とよく話し合ってください。このウェブサイトの情報を利用して生じた結果についてPanCANJapanは一切責任を負うことができませんのでご了承ください。

 

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