survivorstory Helen Katz

 

サバイバーストーリー:家族性膵がんにプラチナ系製剤とオラパリブ

バタフライ効果と毎日を最大限に生きる~ 家族性膵癌家系からの早期発見、治癒への道 ~

 

 

著者 ヘレン・アヴラハム・カッツ

2021年9月23日

•診断後の遺伝子検査でBRCA2遺伝子変異陽性
•プラチナ系製剤を含むFOLFIRINOX、続いて化学放射線療法
•膵全摘術
•肺の再発
•PARP阻害剤を用いた臨床試験

 

私の名前はヘレン・アヴラハム・カッツです。私は58歳の妻で、3人の素晴らしい娘と2匹の愛らしい犬の母親ですが、それだけではありません。

2016年10月、私は膵頭部に切除不能腺癌(ステージIIA)があるという恐ろしい診断を受けました。私の母は10年以上前に膵臓がんで亡くなっていたので、私はこのひどい病気について私がこれまでに望んでいた以上のことを知っていました。また、母の兄も2014年に同じ病気で亡くなっていましたので、家族で膵臓がんに罹ったのは私が3人目でした。

 

上腹部に痛みがあり、満腹感や不快感を感じることなく食事を頂くことができなっていました。グリーンズボロの自宅から約30分のところにあるウェイクフォレスト・バプテスト病院(ノースカロライナ州ウィンストンセーラム)の優秀な外科医、ラッセルハワートン博士に紹介されたことは非常に幸運でした。しかし、ハワートン博士の知らせは良くありませんでした。先生は、がんを早期に発見できたことは良かったと説明してくれました。まだ比較的小さく、転移していませんでした。しかし、そのがんはもっとも最悪の場所にありました。膵臓の頭部にあって、静脈と動脈の両方に接触していたからです。医者は両方の血管を切ることができませんでした。それはあまりにも危険でした。私の膵臓がんは動脈と静脈に接触しているために手術不能だったのです。私の唯一のチャンスは、化学療法と放射線療法をかけて、腫瘍を積極的に縮小し、静脈または動脈のいずれかから腫瘍が離れることでした。がんを縮小することができれば、私は手術を受ける資格を得るチャンスがありました。

■手術を目指す

私の叔父がBRCA2遺伝子検査で陽性であったことを知っていたので、信じられないほど素晴らしい腫瘍学者であるスティーブン・ソーシャー博士は、私のがんがどのような遺伝子変異を持っているかを調べることがいかに重要であるか説明してくれました。 BRCA2検査の結果が陽性となったもどってきた後、彼は私にFOLFIRINOXと呼ばれるプラチナ系製剤を含む4つの薬剤の組み合わせを勧めてくれました。私はこの化学療法に非常によく反応し、私のCA19-9は大幅に低下しました。化学療法を終えた後、私はポンプを介して投与される継続的な5-FU化学療法と共に29日間の放射線療法を開始しました。放射線療法が終わってから数週間後のCTスキャンでは、腫瘍が縮小したことが示されましたが、それでも私が手術を受ける資格があるかどうかは明らかではありませんでした。

私が診断された最初の日から、私の素晴らしい夫と3人の大人の娘は、私たちがこの病気に打ち負かされることがないよう、私たち家族は力をあわせて、できる限り激しく膵臓がんと戦うつもりであると宣言してくれました。私たちは皆非常に前向きで、それが私たちを落胆させることを許しませんでした。最初の化学療法の後に私の体重が2.7キロ(6ポンド)減少しました。私の夫はそれで十分だと言いました。彼は素晴らしい料理人で、私のために有機的な素材を使った料理をつくり始め、そして私がきちんと食事をいただいて、犬の餌として自分の食べ物を捨てていないか確認するために私が食べ終わるまで監視してました!彼はとてもドラマチックな性格の持ち主なので、彼と議論するよりも彼のつくった食事を言われる通りに食べる方が楽でした!私はそれ以降、化学療法と放射線/化学療法によって体重を1ポンド(0.4キロ)も減らしたことはありません。私はまた、少なくとも5-FUポンプがオフになっているときは、放射線治療を受けている間も、毎週末に少なくとも1マイル(1.6キロ)は歩きました。当時は自宅で仕事ができたので、とても幸運でした。できる限り仕事をすることで気分的に本当に助かりました。私には長椅子に座りっぱなしになるのではなく、そこから立つ理由があり、前向きなことに取り組むことができました。

私は治療に非常によく耐え、CA 19-9は正常範囲内に下がってきたので、外科医は私の要望を支持してくれて、症例をキャンサーボードに提示してくれました。ボードは、膵頭十二指腸切除術を実行できるかどうかを確認するために探索的手術を遂行することを許可してくれました。幸いなことに、2017年6月にキャンサーボードが手術にOKを出してくれました。手術の結果、膵臓全体が切除されました。私は、1型糖尿病になり、インスリンと食べるときに膵消化酵素剤を一緒にとる必要がありますが、それは私の人生に支払う小さな代償です。

■再発後の臨床試験

手術後1年間はガンがなくなりました。この期間中はそれ以上の化学療法治療を行わないことを選択しましたが、6週間ごとに定期的な血液検査を行い、3か月ごとにCTスキャンを行いました。手術から1年余り経ったとき、定期的な血液検査とCTスキャンの間に、癌が肺に戻ってきたことがわかりました。私はこれを確認するために肺切除術を受けました。化学療法を再開する前に、私の腫瘍内科医は私が臨床試験を見つけることを勧めました。私は何時間も試験を探し続け、最終的にはLet’s Winのおかげで、ペンシルベニア大学(フィラデルフィア)のエイブラムソンがんセンターで私が参加できる臨床試験を見つけました。試験担当の腫瘍内科医であるキム・ライス・バインダー博士と話をしたところ、彼女は私が一緒に治療について考えてもらいたい医者であることがわかりました。

私は最初にさらに4ラウンドのFOLFOX化学療法(最初の治療中にイリノテカンに対する反応を示しました)を経験した後、2018年10月にリースバインダー博士と会い、新しいゲノム医療プログラムを開始しました。私は現在、PARP阻害剤(ルカパリブ)を1日6錠服用しており、このレジメンで非常にうまくいっています。

私は最初の頃は4週間ごとにフィラデルフィアまで行きましたが、数年後、8週間ごとになり、最近では12週間ごとに行くようになりました。臨床試験に参加しているので治療費は無料ですが、旅費は全額自分で負担しなければなりません。コロナ感染症のおかげで、私は病院までいく必要がなくなり、オンラインでリースバインダー博士と会って診察を受けています。これは、経済的にも非常に役立ちました。

■私の人生は新たな方向に向かう

私はこのプログラムで非常にうまくやっており、2019年10月に地元の芸術家の作品をフィーチャーした「バタフライ効果(The Butterfly Effect)」という新しい店をオープンしました。私はしっかりフルタイムで働いており、毎日を最大限に生きるためにあらゆる努力をしています! コロナパンデミックの期間中、私の店が閉まっている間に、私は自分の闘病生活についての本を書きました。本のタイトルはお店の名前と同じく「バタフライ効果」にしました。また、「バタフライ効果の本」というWebサイトも立ち上げました。そこで膵臓がんとの闘いに2回勝った体験をまとめた物語を読むことができます。「あきらめないで希望をもち続けてください。奇跡は毎日起こるからです!」

 

(Source:Survivor Story-Let's Win Lustgarten Foundation)

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<免責事項>この医療記事は、サバイバーの経験を紹介する目的で書かれています。特定の治療法や薬の使用を推奨するものではありません。ご自身の病状については、担当医とよく話し合ってください。このウェブサイトの情報を利用して生じた結果についてPanCANJapanは一切責任を負うことができませんのでご了承ください

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