■TBSテレビ『健康カプセル!ゲンキの時間』に関する情報について (8月11日放映分)

  番組について たくさんのお問合せ、ありがとうございました。ご本人、ご担当医師に確認をいたしまして、以下の方法でのアクセスの許可をいただきました。ルールを守って、医療機関へアクセスをお願いいたします。 *注意:以下の方法にしたがって、病院へアクセスしてください。    個人的な事案を病院に直接電話することはお控えください。   ◆担当医名古屋医療センター  副院長 近藤 建(こんどう けん)先生(近藤先生紹介のサイト     :http://www.nnh.go.jp/med_guide/clinic/dept12/)   ◆病院へのかかり方について ⇒ 名古屋医療センターのセカンドオピニオンへ 1 名古屋医療センターのHPに入ります  http://www.nnh.go.jp/2 タイトルの下の「外来・入院のご案内」のボタンを押します 3 左のタイトルの「セカンドオピニオン外来のご案内」のボタン  を押すと、以下の画面になります  http://www.nnh.go.jp/med_guide/direction/secondop/index.php   近藤先生は「消化器がん 水曜午後」のご担当ですので、 『3.セカンドオピニオン外来を受診するには?』を確認して  ご希望の方は、所定の申込方法にしたがって、セカンドオピニオン  をお申込みください。   Copyrighted (c) PanCAN Japan 2013 記事の転載はお控えください。転載する場合は、[email protected] にお知らせください。         

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サバイバーストーリー:落合誠一(ステージ4)

サバイバーストーリー 落合誠一 2013年3月25日 私は2002年春、単身赴任先にて膵臓がんを告知されました。 当時はバリバリと仕事をしておりましたので、自分が「がん」になったとは信じられない思いで、頭の中が真っ白となり激しいショックを受けました。その時の主治医は、治療方針について言葉を濁すばかりでした。最初の医師の態度に不安を感じながらも、職場に休職届けを提出し自宅近くの病院へ転院しましたが、その病院でも主治医は余命を宣告して治療を引き受けてくれませんでした。 焦った私は妻の協力のもと治療を引き受けて頂ける医師を探しましたが、3人目の医師にも引き受けてもらえませんでした。 こうして約1ヵ月がん難民状態で何もしない期間が経過しましたが、4人目の医師が「治療法があるのに何もせずに諦める事はない」と言って引き受けて下さり、その時より治療を開始致しました。 その後別のがんも見つかり、度々襲ってくる極めて厳しい状況をその都度乗越えながら現在は多重がん患者として病と向き合い戦っています。 私は、がんは自分には全く無関係だと思い込み知識も無く、辛い経験をしました。 「自分の大切な命を守る為に最低限の知識も無い。自分の身体に対しこんな事で良いのだろうか?」と深く反省し、ありとあらゆる手段を使い必死の思いで猛勉強しました。その甲斐あって主治医との会話もスムーズとなりましたが、一方がん医療に関する様々な問題点も見えてきました。「これからの患者さんに自分と同じ辛い思いをさせてはいけない。様々な問題点を解決する為に、患者でも出来ることは有るはずだ・・・!!問題点に気づいた人が動かなければ何も変わらない・・・!!当事者である患者自らが立ち上がるべきだ!!!」と考え、治療と並行しながら妻と二人でアドボカシー活動に邁進しております。 「残された時間はがん患者さんの為に」との思いで活動していますが、まだまだしなければいけない事が沢山残されています。 膵臓がんの患者仲間の皆さん、頑張ってさえいればやがて良い方法が見付かると信じて、一緒に前を向いて行きましょう!! (写真はご本人と、奥様のり子さん)

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政策提言:ドラッグラグ問題解消を訴える患者からの手紙

厚生労働大臣 田村憲久 様   膵臓がん患者からの手紙        私は愛知県よりまいりました膵臓がん患者の落合誠一と申します。    膵臓がん患者の8割は手術が出来ず、主に抗がん剤に頼らねばならない状況です。いまは、患者仲間とお互い励ましあいながら頑張っておりますが、あるとき患者仲間がきて、「私に使える薬はなくなりました」と言って、悲しそうな目をして病院を去って行かれました。  その方とはそれ以来、二度とお会いすることはありませんでした。  ともに戦ってきた闘病仲間が次々と先立っていかれる現実が後をたちません。使える薬が無くなり追い詰められるのです。    米国では膵臓がんに10剤程度承認され、使われているそうです!!!!  それらの薬はすでに日本で承認され、他のがんに日常的に使われています。薬がないのではなく、あるのに使えない・・・・・ 患者としては理解出来ない所です。このような悲惨な実態は、私の中での「誇りある日本のがん医療の姿」ではありません。悔しくてなりません!!!    本日ここに署名をお持ち致しましたが、この中には抗がん剤3剤を使いきり、治療法が無くなって追い詰められた待ったなしの、全国の膵臓がん患者さんの、すがる様な思いが沢山詰まっております。  皆さんは固唾を飲んで本日の結果を注目しています。 一刻も早く、一剤でも多く使えるようにし、治療の選択肢を増やして、これからも命を繋いでいけるという、生きて、生きて、生き抜けるチャンスと希望を与えて欲しいと思います。  それからもう一つお願いがあります。 私は、我が国の膵臓がんに関する研究が、他の部位のがんに比べて大きく遅れていると感じています。いまだに、早期発見ツールもなく、進行した膵臓がんを治す薬もありません。    「第3次対がん10か年総合戦略」では、難治性がんが重点項目であったにもかかわらず、膵臓がんには僅かな研究費しかつかなかったそうです。膵臓がんは難治がんであり、がんの王様と言われています。この様な厳しい状況を早く改善して行くために、膵臓がんの研究予算を増額していただき、研究者を増やし、国の重点テーマとして今まで以上に力を入れて頂きたいと願っております。    どうか患者の願いを汲み取って頂きたく、宜しくお願い申し上げます。   平成25年6月25日 落合 誠一 パンキャンジャパン患者諮問委員  …

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政策提言:ドラッグラグ問題解消を訴え厚生労働大臣に3万1千筆の署名提出

  ドラッグラグ問題解消を訴え、厚生労働大臣に3万1千筆の署名提出      特定非営利活動法人パンキャンジャパン(東京都千代田 理事長 眞島喜幸、以下、パンキャンジャパン)は、平成25年6月25日、厚生労働大臣 田村憲久氏に要望書「31,382筆」を提出しました。  本要望書の内容は、日本で5月31日に承認申請が提出された「フォルフィリノックス」、治験中の「ゲムシタビン+ナブパクリタキセル」、ならびに家族性膵癌に著効する「ゲムシタビン+シスプラチン」の一日も早い承認を求める患者・家族の願いです。  膵臓がんは、難治性がんの筆頭で、5年生存率は僅か6%、しかも毎年29,000人以上が亡くなるため、がん死因第5位です。また、他の主要ながんには、使える薬剤が10種類以上あるのに、膵臓がん患者が使える薬剤は3種類(ゲムシタビン、TS-1、エルロチニブ)しかありません。一方、米国では9種類以上の抗がん剤が標準的に使われており、進行膵がん患者でも余命2年に手が届くところまで来ていると言われています。日本では平均余命が約1年と言われていますのでその倍になります。  このような状況を受け、「苦しい膵臓がん治療の現況に救いの手を差し伸べたい」と、全国の膵臓がん患者・家族・遺族・友人・患者会有志・医療関係者・メディア・企業が署名活動に参加してくださいました。この1年余りで、「31,382筆」の署名が集まりました。  田村厚生労働大臣は署名提出と手紙の読み上げ後に続いた懇談のなかで、膵臓がんにおけるドラッグラグ問題をご理解くださり、これからの厚生労働省の取り組みをご説明くださいました。今回の訪問にあたっては、がん対策推進議員連盟の塩崎恭久衆院議員がご協力くださり、ドラッグラグ解消の重要性について積極的に討論を深めてくださいました。  パンキャンジャパンは今回の署名にご協力してくださった全国の膵臓がん患者、ご家族、そして支援者皆様に感謝いたします。そして、これからも希望を作る活動を続けて参りたいと思います。   膵臓がん患者からの手紙   膵臓がん遺族からの手紙   塩崎恭久衆院議員のコメント「がん患者の「希望の数」を増やせ」   (写真右より、田村憲久厚生労働大臣、膵臓がん患者落合誠一氏、衆院議員塩崎恭久氏、パンキャンジャパン理事長眞島喜幸、膵臓がん患者遺族今野喜彦)   パンキャンジャパンFacebookページ   All of this article are copyrighted. (記事の転載には、申請が必要です) Edited  2013.6.25

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政策提言:ドラッグラグ問題解消を訴える遺族からの手紙

厚生労働大臣 田村憲久 様   膵臓がん遺族からの手紙      私は埼玉県よりまいりました膵臓がん患者遺族の今野喜彦です。  私は、14歳のときに膵臓がんで母を亡くしました。いまから7年前のことです。  その当時は、膵臓がんに使えるお薬はひとつしかなく、そのお薬もしだいに効かなくなりました。医師から、「もう使えるお薬はありません」と言われた時の母と父の悲しい顔をいまだに覚えています。  母は14歳だった私に、伝えたいことがまだたくさんあったと思います、今でも元気で生きていてほしかったと思っています。    膵臓がんで使えるお薬はいまだに3剤しかありません。  私たちのような患者家族の悲しみを繰り返さないように、膵臓がんのドラッグラグを解消して使えるお薬を増やしてください。 お願いします。   平成25年6月24日    今野喜彦    埼玉県さいたま市       All of this article are copyrighted. (記事の転載には、申請が必要です) Edited  2013.6.25

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ブックレット:『日本の臨床試験』

    『日本の臨床試験 ― 難治性がん克服に向けてステークホルダーからの提言 ―』Clinical Trials in Japan ご案内  このブックレットは、膵臓がん・胆道がんを中心に、がんに罹患されている患者さん、ご家族を対象に、臨床試験とはどのようなものかを理解して頂くための本です。臨床試験や治験を検討しようとしたり、今後の治療などについて、ご担当の医師や医療チームと話をするときの情報として、お使い下さい。    本冊子は国立がん研究センターの奥坂先生をはじめ、日本の臨床試験の機関に携わられる先生方が、ご監修・執筆くださりました。この本は2部構成になっており、第1部では新しい薬が作られていく過程と、その中で重要な役割をもつ臨床試験を、そのメリットとリスクを含め様々な角度から解説しています。       注文方法 お届け方法は「銀行振込後のメール便」または「代金引換」を選択できます。(同時に刊行している『膵臓がんの概観』についてもご覧下さい)   価格 3,780円(送料込、税込)  ご購入のお申し込みは>>>パンキャンブックストアへ アマゾンでの購入はこちら。   ブックレットの目次     <第1部 日本の臨床試験  …

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ボランティアストーリー:小林亜子

  ボランティアストーリー 2013年5月3日小林亜子   ■どうして私がパンキャン(すい臓がんアクションネットワーク)に参加したのか?    私がはじめてパンキャンジャパンさんのお手伝いをさせていただいたのは2012年8月5日【胆道がん医療セミナー】でした。 今思えば、とても不思議なご縁だったと思います。 私は、2005年2月から2006年2月にかけて、「がん患者」、「がん患者家族」、「がん患者遺族」となり、そして、「大切な恩師をがんによって失う」という経験をしました。 どれも悲しい出来事でしたが、2005年9月に亡くなった父は、同年2月の手術で胆のう内分泌細胞がん*と診断され、症例が極端に少ないこと、治療効果のある抗がん剤もよく分かっていないことなど説明を受けたことで、父へのすべての治療が“模索された中からの試み”になると理解しました。 (*胆のう内分泌細胞がん=胆道がん領域の1つ 胆のうがんの組織型のがん)  そのころ私は、自身もがん治療を受けてしまったために、体力も集中力もなく、父親のために良い治療法を探すなど、してあげられませんでした。 私が人生のどこかでがんになることが決められていたとしても、何故父と同じタイミングだったのか…。もし父と同じタイミングでなかったら、西へ東へ奔走することができたかもしれません。最新医療を探し当てて、父が少しでもながく家族と一緒に居られるようにできたかもしれない…。 当時も今も、そんなことばかり考えています。   ■パンキャンジャパンに参加した理由とこれからの想い  パンキャンジャパンさんのやっていることや理念が、私の心に触れたのだと思います。みなさんのお人柄や、人を大切に思うお気持ちが、お手伝いをさせていただく際にとても心地よいのです。 父は亡くなり、私は今、がんを克服してここにこうして生きています。何かをせねば!など強い使命感ではありません。 ただ、「自分の経験したことを必要な人にお届けしたい」「誰かのお役に立てるかもしれない」という思いがあります。  闘病後にメイクとカウンセリングを学び、今はメイクアップセラピストというお仕事をしています。抗がん剤の副作用で眉が薄くなってお困りの方。闘病中のお出掛けも自分らしさを演出したい方。闘病後に社会復帰を目指している方など、それぞれ困ったことをおもちの方々に、寄り添いながら支援していければ、私の経験も活かされるのではないかと思っています。   小林 亜子(事務局の追記:小林様のご熱意で、現在はパンキャンのスタッフとしてご参加されています)   パンキャンのボランティアの登録はこちらから。1日15分からでも参加が可能です。  

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サバイバーストーリー:木下義高

サバイバーストーリー 2013年4月12日 木下義高    膵体尾部を切除してから6年になろうとしている。いま振り返ると、何度かの転機があった。のどが激しく渇き、足がこむら返りを起こす。血糖値を測ったら急激に上がっていた。ここで膵臓がんを疑うかどうかが、早期発見の明暗を分けることになった。掛り付け医の勧めもあって、超音波で膵臓を丹念に診てもらった。明らかに主膵管に異常がある。CTでも同様の所見だった。  その日のうちに、電話でがん専門病院に診察予約を入れた。診察までの2日間はパソコンにかじりついて、インターネットで膵臓がんの情報を漁りまくった。 2日後のがん専門病院でのCT、血液検査の結果は、ステージIIIの浸潤性膵管癌である。「切れますか?」「ぎりぎりだが何とかなるでしょう」「じゃあ、お願いします」。 こうして、その場で2週間後の手術日を決めた。 (1)がんに関して基本的な知識を準備しているか? (2)必要なときに正しい知識を得ることができるか? (3)知識をもとにして、正しく判断し選択することができるか?   これらが、がん患者の生死を分けることもある。私自身は、概ね満足できる選択をしたと考えている。  膵臓がん全体の5年生存率は約5%だ。予後の厳しいこのがんでも、生存率曲線で恐竜の尾のように延びた右端には必ず「例外的患者」がいる。統計は平均を表わしているだけで、患者の個性は無視している。しかし、私たちは統計データではない。鼻の形が一人一人違うように、がん細胞の性格だって違うはずだ。誰にでも恐竜の尾=例外的患者になる可能性がある。   がんと戦うことは、喫緊の課題には違いない。しかし、がんとの闘いだけに費やした人生なんてつまらない。”がんが治ったら”いつかはやりたいと思っていることがあれば、”今”それをやれば良い。誰にでも治る可能性がある。だから希望を持つべきだ。しかし、往々にして希望は執着に変りやすい。  人間には力の及ばないことがある。今やるべきことをやり、その結果を受入れる。ま、こんなものか、との思い切りが必要なときもある。 人間には「死」があるからこそ、困難に挑戦できる。永遠の命が与えられたとしたら、それは何でもできるということだ。しかし実際には、全てにおいてやるべきことに期限がないということでもある。あらゆることを先延ばしにできる。「今ここ」に、私たちに与えられた課題と義務を果たすことが、唯一人間として実行可能なことなのだ。

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サバイバーストーリー:木下義高(アップデート)

サバイバーストーリー:アップデート 2013年12月1日 木下義高    ペットボトルの水を一気に飲み干すほど異様に喉が渇く、ひどいこむら返りが頻繁に起きる。境界型の糖尿病予備軍でもあった私は、かかりつけの病院で血糖値を測ると360mg/dLを越えていた。これは膵臓がんに違いないと、そのとき確信しました。で、まずは闘病記ブログを書き始めたのです。膵臓がんなら助からないだろうから、遺言代わりにブログを残しておこうという、なんとも手回しの良いことです。   忘れもしないが、それが2007年6月11日のこと。その後の超音波検査、膵臓がんの告知については前回のサバイバーストーリーに書いたとおりです。今回は、再発・転移の可能性が高い膵臓がんに、私はどのような考え方で対処してきたのかを書きます。 超音波検査で膵臓に影があると分かってから48時間後には、がん研での最初の診察で膵臓がんと告知されました。診察までの2日間は、必死でインターネットで膵臓がんについて調べたのです。がんの王様。予後はがんの中でもっとも悪く、5年生存率は数%。発見時には手術できないことが多い。この程度の知識はあったので「ぎりぎりだが何とか手術できるだろう」という先生の言葉に、「じゃあ、お願いします」と、その場で手術日を設定していただいた。セカンドオピニオンや家族との相談に時間を浪費している場合ではないと判断したのです。 告知されたときに「頭の中が真っ白になる」「医者の話をよく覚えていない」などと言いますが、私の場合は冷静にメモを取っていましたね。事実を淡々と受けとめていました。迷いは一切ありませんでした。手術しなければ高い確率で死ぬのだから、選択肢がないときに手術以外の方法はないか、どうしようかなど、あれこれ悩むことはない。膵臓がんはいわゆる「足が速い」。時期を逃せば手術ができなくなることもある。こうした考えでした。まだこの世に少しは未練もあるし。人生には、目をつぶって「えい、やっ」で決めなければならないときがあります。 無事に手術が終わったが、気がかりなことは手術ができても5年生存率は15%前後だという統計データです。再発・転移を防ぐために私にできることは何だろうか? インターネットや書籍を漁るが、こと膵臓がんに関しては極端に情報が少ない。パンキャン・ジャパンも数ヶ月前に立ちあがったばかりで、まだほとんど情報らしきものがなかったのです。 最初のころは、がん患者なら誰しも考えるように、がんをきれいに消してくれる「魔法の弾丸」がどこかにあるはずだと探しました。しかしすぐに、そんなものがあるはずはないと知ります。それでも「私はこれでがんが消えた」という言葉は魅力的でした。奇跡的治癒例・例外的患者は確かに存在しますが、問題は、どうすれば私に、彼らと同じことが起きるのかが分からないことです。 治らないがんを宿した患者は少しでも長生きしたいと思う。あわよくば、自分にだけは奇跡が起きて治ることを切に願う。どうすればこのがんが消えて治るのかを知りたいということは、Aという選択をしたときに未来がどうなるかを予測したい、予測できることを期待するということです。しかし、これは不可能です。なぜならば、ヒトの身体もがん細胞も「複雑系」だからです。ボールや大砲の弾丸なら、初速度と角度が決まれば、あとはニュートンの運動方程式に従って、どこに落ちるかが計算して予測できます。しかし、一週間先の天気予報はまず当たらない。それは気象が「複雑系」であり、気温、気圧、地形、湿度、海水温などなどの多数の因子によって左右されるからです。しかもそれが互いに複雑な因果関係を構成しています。だからスーパーコンピュータを使っても天気予報の精度はなかなか上がらない。初期値のちょっとした違いが、結果を大きく左右するのが複雑系の特徴です。奇跡的治癒例はたぶん、なんらかの行為、初期値のちょっとした違いが「バタフライ効果ーブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こす」として治癒を引き起こしたのではないかと考えられます。 人間はひとりひとりが性別、年齢、食生活、生活習慣など全て違います。これらをある一つの病気になっているというだけで十把一絡げにして統計処理し、効いた効かないを表したのがエビデンスです。エビデンスがないということは効果がないのではなく、統計的に効果を証明できないというだけのことです。あたりまえですが、エビデンスの証明された治療法であっても、それが私に効果があるかどうかはやってみなければ分かりません。 逆に、代替療法で科学的なエビデンスの確立されたものは一つもありません。しかし、それは私に効果がないということではないのです。かといってやみくもに何にでも手を出すことは非効率で間違っています。ヒトに対して試験で、ある程度の効果が認められたもののなかから、自分が納得できるものを選ぶべきです。私の考える、やるべきことの優先順位は、 1. 第一に心の平安を保つこと。心の有り様はがんに大きく影響します。プラシーボ効果があるということは、心が身体に大きく影響することの証しです。そして自分なりの「死生観」を持つこと。「死」に怯えているとネシーボ効果(プラシーボ効果の反対)で悪影響を被ります。 2. 次が、適切な運動。運動の効果には多くのエビデンスがあります。とにかく「歩け、歩け」です。 3. そして食事と栄養。がんと戦うには体力が必要です。必要な栄養素を過不足なく摂り標準体重を維持するよう努めること。サプリメントや極端な食事療法、ジュース療法などはエビデンスの有無をよく考える必要があります。 食事療法などの「もの」に頼るのは、優先順位としては低いのです。しかし、これが一番だと考えているがん患者が多いです。がん細胞ができたときに、すでに運命は決まっている。だから放置するのが一番だと説く医者もいますが、がん細胞にニュートン力学を持ち出すような荒唐無稽な運命論です。がん細胞も人間の身体もそんなに単純なものではない。宇宙以上に神秘的です。これをやれば絶底に大丈夫だというものは、複雑系にあるはずがないのですが、がんに影響を与えうる可能性を秘めた方法はいくつもあるのです。 こうした考えで、私はこの6年間を過ごしてきました。 「がんとは闘え、死とは闘うな」なぜなら、死と闘って勝利した人は、歴史上ひとりもいないのだから。   >>最初の他の投稿サバイバーストーリー:木下義高はこちらから。>>木下さんのブログ『膵臓癌サバイバーへの挑戦』 >>パンキャンへ皆様のストーリーをお寄せください  

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